講評もアステールは特色的です。全体に共通して言える「原理」については講義で話されたことを制作された作品を実践例として再確認されます。講評は、「う〜ん、ここのところ、かなかなかアートっぽくて、俺は好きだなあ」などという感覚的な評価は極力避けています。「ここのところ」とはどこなのか、その部分は全体においてどういう役割を果たしているのか、「なかなか」とはどういう基準においてどのレベルでなかなかなのか、「アートっぽい」とはどのような様子をさすのか、主観的な立場としての「俺」はどういう意味を持つのか、好きだったら良いと言うことなのか・・・とかく感覚的な言葉に逃げがちな作品講評を、徹底的に客観的な言語にする努力を講師陣は怠りません。良いならなぜよいか、原理化できるか、どのような発展性や可能性があるか、悪いならどこがどのように悪いか、なぜそうなったか、どうすればよくなるのかといった説明をできる限り行います。作品は言葉では言い尽くせないのは当たり前のことですが、言葉に直す努力をぎりぎりまで行うことによって、感覚をより高い次元へ導くことが可能だと考えているのです。講評は複数の講師で行い表現の不足や説明の不足は必ず相互にチェックされ、いい加減な講評や、独断的評価を許さない態勢にあります。
 コンクールなどの場合はすべての講師が個別に採点し、各講師の評価の合計で点数化されます。またどの講師がどのような採点をしたかも明らかにされ、学生と講師の相互チェックにさらされるなど、評価の客観性を重視しています。